第321話 人生とは自己理解の旅である
【321話】人生を旅に例える魅力/自己理解/外側より内側の変化に注目/刺激のレベル/反応から見える自分の価値観/時間と共に変わる/自己理解なしの選択は危険/ミスマッチを避ける自己認識/違和感がチャンスに/ネガティブ体験で自分を知る/心地よさの条件を見極める/人生の最後に満足するために/他者を見て初めて自分が見える/他者を置物化する危険性/人の話を聞かないリスク/外部刺激から自己理解を深める/最新の自分を理解し続ける/自己理解で意思決定精度を高める/体調や人間関係から気づく/妄想でなく現実と向き合う姿勢/世界と調和する/最善の選択を積み重ねる/立派さよりも自分の納得/
みなさんこんばんは、上水優輝でございます。完全招待制の晩餐会を開催したり、公園にレジャーシートを敷くなど、存在としての公園をコンセプトに様々な活動をしています。
人生を旅に例えるということ
人生を旅に例える人は少なくありません。「人生とは旅であり、旅とは人生である」という言葉もあります。彼らがどういうニュアンスでこの表現を使っているのかは分かりませんが、「旅」という言葉は良い表現だと思います。
固定化されたものではなく、常に変化の中にあるという感じ。まだ見ぬ世界と出会う感じ。旅にはそういうイメージがあって、とても好きな言葉です。
ただ、旅という言葉を聞くと、バックパックを担いで世界を放浪するような光景が浮かぶかもしれません。知らない国へ行き、知らない人と出会い、見たことのない景色を見る。そんな自分の外側にある変化をイメージするかもしれません。
しかし、私は人生とは自己理解の旅であると思うのです。
日々の出来事の中で自分を発見する
日々、いろんなことが起こります。その出来事に対する自分の反応を観察することで、新しい自分に気づいていく。それこそが人生なのではないでしょうか。
必ずしも外国に行く必要はありません。いろんな経験をするに越したことはありませんが、しなければならないわけでもありません。日々の小さな出来事に対して、そこで起こる微妙な変化や自分の感じ方の変化、見たことのない自分の発見ができれば十分です。
ただ、刺激が少なすぎると気づけないこともあります。自分が気づきやすい刺激のレベルというものがあるのだと思います。
その刺激が海外旅行である人もいれば、やったことのない仕事かもしれません。新しい趣味への挑戦や、出会ったことのない人とのコミュニケーションかもしれません。何らかの刺激があって、その刺激に対する反応として、自分の中にある恐れ、願望、譲れない価値観、信念といったものが見えてきます。
自分の変化に気づくこと
興味深いのは、それらが場面によって、あるいは時間の経過によって変化していくことです。5年前はこう思っていたけれど、今は違う。そうした変化した自分をまた理解していく。だから自己理解は終わらないのです。
例えば、私は小学生の時、時間を守らない人を許せませんでした。時間を守らないなんてありえない。ちょっと気をつければ誰でもできることだと思っていました。それは自分が当たり前にできたからです。
しかし、経験を積んでいく中で、時間を守れない人がいること、そういう場面があることを知りました。5分前行動をしなくてもいい雰囲気の時もあります。時間は柔軟なもので、守ることがすべてではないと学びました。
こうして、絶対に時間を守らないことは許せないという自分だと思っていたのに、年齢を重ねるにつれて寛容になっている自分に気づきました。
自己理解が導く適切な選択
仕事を選ぶこと、どういう友達と付き合うか、運動をどれくらいやるか、何時に起きて何時に寝るか、誰とパートナーになるか。こうしたすべてのことは、自己理解を深めていないと、とんでもないことをしてしまいます。
クリエイティビティのかけらもないのにクリエイティブな仕事を目指したり、人の指示に従うのが苦手なのにチームプレイ前提の働き方をしたり、一人でいるのが好きなのに大勢でワイワイしていたり。
もちろん、一人が好きでも大勢でワイワイすることもあっていいと思います。ただ、それは自分が一人でいることが好きだと知っている、大勢でいると疲れると知った上で、あえてやっているなら問題ありません。
訳も分からず、本当は一人が好きで大勢でいると疲れるのに、何となくワイワイしているのでは、人生が大変になってしまいます。
ネガティブな感情こそが気づきのチャンス
自己理解を深めるために、特に有効なのがネガティブな感情です。違和感、ストレス、ミスマッチ感。こうしたものは自分を知るための絶好のチャンスです。
私はあえて苦手な場所に行ってみたり、苦手な人の話を聞いてみたりすることがあります。日常的にはできませんが、時々あえて違和感に触れてみて、また自分を知るきっかけにしています。
心地いいものでも気づきは得られます。これを心地いいと思うんだな、体調がいいと心地いいけれど体調が悪いと全然心地よくない、といった具合に。ただ、ネガティブなものの方が、なぜこんなに嫌なんだろうと考えるきっかけになりやすいのです。
他者を見ることで自分が見える
興味深いのは、周りを見ないと自分が見えないということです。ここまで自己理解の話をしてきましたが、自己理解をするには自分以外を見なければなりません。
時々、他者が存在していないような人がいます。本当に目の前にいる他者が置き去りで、自分が決めつけたイメージの中の他者として扱われている。昔のドラクエの村人のように、話しかけたら同じことしか言わない存在のように。
そうすると旅ではありません。何にも出会っていないのですから。何にも出会っていないから、自分に反応が起こらない。反応が起こらないから、自分について気づく余地もありません。
人の話を聞かない人は分かりやすい例です。人の話が存在していないので、その人の話から得られる刺激が得られません。結果として、自己理解をするきっかけを失っているのです。
人生は意思決定の精度を上げる旅
人生は自己理解の旅です。目の前に現れる景色、気候、空間、一緒に過ごす人、入ってきた情報、SNSのタイムライン、読んだ本、観た映画。こうした外のものや、過去の自分、未来の自分、今この瞬間以外の自分という他者からもらう刺激。
そこで起こる今この瞬間の自分の反応としっかり向き合います。自分は恐れを感じているな、自分はこれを許せないと思っているな、どうしてかな。こう考えることで、最新の自分自身を理解します。
すべてを理解できるわけではありませんが、一部だけでも理解を深めます。その理解を深めた状態でいろんな意思決定をすると、今の自分が思う最善の意思決定をしていけます。これが人生なのだと思います。
自己理解が進まない人は、意思決定の精度が永遠に上がっていきません。ワイワイするのが本当は嫌いなのにずっとワイワイする方向に進んでいく。他人をリスペクトしていないことがトラブルの原因なのに、そのことに気づかずにトラブルを起こし続ける。学習しないというのは、言い換えると自己理解を深めていないということです。
自然に生きるための自己理解
意識の高い目標に向かって進んでいきましょう、高いレベルに成長していきましょう、といったことではありません。単純に自己理解を深めていけば、より自然に生きていくことができるのではないでしょうか。
自己理解をするヒントはありとあらゆるところにあります。今日の体調と昨日の体調を比べるだけでも見えてくるものがあります。睡眠時間、食事と翌日の体調の関係。誰かと話して楽しいと思った時と楽しくないと思った時の違い。同じ人でも楽しかった時と楽しくない時があって、なぜ今回は疲れたのか。
こうしたことを考えていけば、見えてくるものがあります。それはビジネス書に書かれている「こうすれば良くなります」というハウツーでは決して見つかりません。自分自身がこの世界と対峙して何を感じたのか。その自分が感じたことを自分で読み取る以外の方法はないのです。
もちろん、「あなたはこう感じているんじゃないですか」と他者が言ってくれて気づけることもあります。でも、どちらにしても自分が感じていることの中にしか、自分に気づくきっかけはありません。
だからこそ、もっと自分と向き合う時間、自分が感じていることと向き合う時間を持つことが大切です。そして接しているものをよく見ることです。見ていないと、感じていることも自分が作り出した妄想でしかなくなってしまいます。
最善の意思決定を積み重ねる
この世界の中に自分の人生をどう快適な形でフィットさせていくか。世界としっかり対峙して、そこで感じる自分の喜び、悲しみ、怒り、苦しみの解像度を高めていく。その上で、日々できる最善の意思決定を積み重ねていく。
その結果としての3年後、5年後、10年後、20年後が、最善の今である。過去の選択の結果として今がある。そう言える人生であればいいのではないでしょうか。
周りから見て立派な人生だったと思われる必要はありません。自分自身が死ぬ時に、最善の意思決定を積み重ねた結果が今ここでした、お疲れ様でしたと言って死ねる。そんな人生でありたいですし、人生の本質はそういうものなのではないかと最近は思っています。
本日は以上です。またお会いしましょう、さようなら。
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