第325話 私のお墓
【325話】水上さんからの推薦図書/吉村萬壱『みんなのお墓』/芥川賞作家/共同墓地が舞台の群像劇/小説が苦手な理由/解釈の余白がある魅力/えぐみの強い描写/説教臭くない/不穏なのにユーモラス/シリアスなのに爆笑/タブー/変態小説とも読めるが/生活の中の抑圧/墓場での解放/全裸、排泄、自慰/なかったこと(隠すこと)にする抑圧/穢れを飲み込んでしまう解放感/意地悪な表現/私のお墓はポッドキャスト/開かれた暗闇という墓場感/精神的露出の場/心の排泄行為/抑圧と解放を繰り返す日常/墓場と生活を往復する人々/各自が持つ解放の儀式/人間が集団の中で生きるということ/生と死のギリギリのライン/読んで良かった小説/おすすめの小説募集/
水上さんからの一冊
先日、ポッドキャスト「そろそろ東京ネイティブ?」にゲスト出演した。収録は水上さんの自宅で行われたのだが、その帰り際に一冊の本を手渡された。タイトルは「みんなのお墓」。小説が苦手な私のことを知っている水上さんは、「この本は多分上水さん好きだと思いますよ」と言った。
著者は吉村萬壱さん。2003年に「ハリガネムシ」で芥川賞を受賞した作家である。この「みんなのお墓」は2024年に徳間書店から発売された長編小説で、とある市営の共同墓地を舞台にした群像劇だ。
「みんなのお墓」の世界
登場人物は実に多様である。夫と子供との関係に悩む妻、冷え切った夫婦関係に苦しむ男女、小学4年生の女子4人組、30年間引きこもっている中年男性、19歳のフリーター女性など、様々な人々が描かれる。彼らはそれぞれ、日常生活の中で自己を解放できず、何かしらの抑圧を抱えている。そんな人々が、墓場という場所で解放されていく物語である。
作品には明るいシーンはほとんど登場しない。全体的に不穏な空気が漂っているのだが、その描き方がユーモラスで、シリアスな場面でも思わず笑ってしまうことがあった。悲しいものを悲しく描かないアンビバレントな表現が、不思議な読後感を残す。
抑圧と解放の物語
この作品の特徴は、性的・排泄的な描写の多さにある。表面的に読めば変態小説とも言えるかもしれない。墓場で全裸になり、排泄したり自慰行為をしたりする描写が繰り返し登場する。そうした表現が苦手な人には厳しい作品だろう。
しかし、私が感じたのは、その表現の奥にある深いテーマである。生活の中にある墓場、墓場の中にある生活。光の中にある闇、闇の中にある光。日常生活は様々なものを覆い隠し、見せないようにすることで成り立っている。その結果生じる抑圧を、誰にも見られない闇の中で解放していく。最も分かりやすい解放の表現として、性的な描写が用いられているのではないか。
穢らわしいものが穢らわしいと扱われることで起こる抑圧。それを逆に飲み込むことで得られる解放。社会全体が汚いものを「見ない、見せない、見せてはダメ」としていくことで、個人の中に鬱屈したものが溜まっていく。作品の登場人物たちは、それぞれの抑圧を抱え、それぞれの解放の儀式を持ち、なんとかバランスを保ちながら日々を送っている。
私にとってのお墓
この作品を読んで、自分にとっての「お墓」とは何だろうと考えた。それはポッドキャストである。
ポッドキャストは、ある意味で墓場に似ている。開かれた場所ではあるが、探しに来ないと見つからない、奥まった空間である。YouTubeのような視覚的なメディアは、もっと光が当たっている道端のような感覚がある。しかしポッドキャストには暗闇感があり、人気のない夜の墓場のようなプライベート空間的な性格がある。
私はこの墓場で精神的に露出している。心の中を吐露する、ある種の排泄行為のようなものだ。日頃の生活で表現しきれない部分、抑圧されている部分をここで解放し、またリフレッシュして生活に戻る。そしてまた少し抑圧されてきたものをここで出す。そうして緊張と弛緩を繰り返しながら、人は生きているのだろう。
作者の真意は分からない。しかし、この作品には解釈の余白がある。起承転結がはっきりしすぎていたり、伏線が予定調和的に回収される小説は苦手だが、この作品は違った。読み手に委ねられた余白があり、自分なりの解釈ができる作品だった。そうした意味で、小説嫌いの私にとっても読んで良かったと思える一冊となった。
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