第330話 路上で収録することの意義

 
【330話】路上を歩きながら収録 /「ごみらじ」で一人路上収録に慣れた /一人語りはハードルが高い /朝礼も最近は外で歩きながら配信中 /歩くと予期せぬ言葉がポロリ /無駄のない話 /無駄がないならAIでよし /踏切の音、予期せぬ中断 /一回性のものへの渇望 /本題を忘れた /公園活動を整理するタイミング /情報量が多すぎる/路上収録は尺が長くなりがち /道に迷った /路上スタイルが良いと思う /外の情報が刺激になる /路上収録しやすい時代 /ポッドキャスターよ、歩き出そう /話したかったことに触れないまま試合終了 /
 
 

後援のお願い

「存在としての公園」の実践を 継続・発展させていくために ⁠⁠⁠メンバーシップ⁠⁠「存在としての後援」⁠⁠⁠⁠⁠⁠に ぜひご登録いただけると嬉しいです。 いただいたご支援は 活動費にあてさせていただきます。

「存在としての公園」

自らを “公園的なるもの”のシンボル として位置づけ、 公園のように包摂的な場を つくり続けていく活動です。
「肩書きを脱いで、 ただの人として居られる場所」
そこではいったい どんな出会いがあり、 どんな現象が起こるのか。 ぜひ”公園”に足をお運びいただき、 あなた自身の感覚でぜひ体験してみてください。

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